八幡平の作り手 昔ながらのおいしさを守る 焼き麩は日本の伝統食材
家庭の味を伝える食材だから丁寧につくる。 焼き麩と雑穀の専門店
羽沢耕悦商店 羽沢悦朗さん
八幡平市安代地区に、3代にわたり焼き麩を製造している専門店がある。
昔ながらの弾力のあるおいしい焼き麩を提供すべく、原材料と直火焼きにこだわっている。
そして、日々、囲炉裏の前に座り、
生地や炭火が立てる音に耳を傾け、最高の焼き麩をつくり続けている。
囲炉裏でじっくりと
1本ずつ手焼きをする
味噌汁やすき焼き、煮物、酢の物などに使われる「麩」。麩は、基本的に小麦のタンパク質であるグルテンを主原料としている。全国にさまざまな種類の麩があり、加える小麦粉や餅粉の割合や生地の加工法によって、見た目だけでなく食感が大きく変わる。
そもそも麩は、室町時代に修行僧により中国から日本に伝えられたといわれる。肉食が禁じられていたため、豆腐とともに不足しがちなタンパク質を補うものとして食されていたという。当時は寺院や宮中のみでつくられており、一般庶民の口にも入るようになったのは江戸時代になってからである。
八幡平市安代地区にある「羽沢耕悦商店」の3代目店主・羽沢悦朗さんによると、初代が創業した1931年(昭和6)ごろ、岩手県北部には約80軒もの焼き麩製造所があったという。しかし、時代とともに減少し、いまでは5軒のみだ。
羽沢耕悦商店の工房は、創業当時から変わらない。工房の真ん中に焼き麩を焼く囲炉裏がある。羽沢さんは、朝7時ころから囲炉裏前に座り、ひとりで黙々と焼き麩と向き合う。高品質のグルテンに地元産小麦粉を加えてこねた生地を長い棒に巻き付けていく。羽沢さんは、この作業の出来いかんによって食感が変わるという。
「生地を薄く均等に巻いていく。簡単そうに見えるでしょう。でもこれが難しい。巻きつけるくらいなら自分にもできると思ってやってみるとうまくいかないのです」
先代である父のやり方を見て覚えた。「何度も失敗した」と苦笑する。
棒に巻いた生地を囲炉裏に並べ、炭火で焼く。棒を回転させるモーターの音がし、生地が焼ける香ばしい匂いが工房に漂う。
電気やガスを使い大量生産をすることもできるが、敢えて木炭の直火焼きにこだわるのは、「おいしい!」と感じる歯触りと食感を作り出せるからだ。ご存知のとおり、炭火は遠赤外線効果を持っている。食材の表面組織を一気に硬化させ、うま味成分を外部に逃さず、外側はカリッと中はふっくらと仕上げることができる。
「この火加減も季節でかわるんですよ」
狐色に焼き上がった丸麩からは、湯気とともに小麦の香りを立ち上る。囲炉裏の端にあるカッターで2等分し、木箱に入れて乾燥させてから袋に詰める。完成した丸麩の中でも最高のものを板麩に加工し「南部手焼き板麩」として販売している。
厚みを均等にするのがポイントだ。 炭の火加減を調整しながら、ていねいに焼く。 焼き上がったら、木箱に入れて乾燥させる。
焼き麩は原材料の良し悪しが
ストレートに味に表れる
羽沢さんが求める焼き麩は、焼き色が美しく、小麦の味がしておいしい。そして、長時間煮ても煮崩れせず、歯応えのあるもの。そのために、原材料のグルテンは最上級のものを使用する。
グルテンとは小麦から生成された植物性タンパク質で、パンやうどんのもちもち感や弾力のもととなるものだ。専門的な話になるが、グルテンは小麦の質や生成によって味や食感を左右する。
「生産効率や経営のことを考えて、一度だけワンランク下のグルテンを使って焼き麩を試作したことがあるのです。その焼き麩を何も言わず食卓に出したら、子どもたちから『今日の焼き麩はおいしくない』と言われました。子どもの舌は正直ですね。これは店に出せないと思いました。だから、その後も最上級のグルテンを使っています」
これに加える小麦粉は、岩手県産の南部小麦を製粉した南部地粉である。焼き麩本来の弾力と噛み応えのある食感と香ばしい香りと味を追求する羽沢さんは、小麦粉の割合を極限まで減らしている。
もちろん、グルテンと小麦粉の配合は、季節、気温、湿度で変わる。こねる時間も変わる。日々の仕込みのデータをノートに記録し続ける。
「夏は固めに生地をつくり、冬は柔らかめにつくります。経験も必要ですが、経験を裏付けするデータも重要と考えています。『今日と同じような天気の日は』と過去のデータを参考にして仕込むこともあります」
羽沢耕悦商店では、焼き麩のほか、雑穀も扱っている。雑穀の一大生産地である岩手県北産のものばかりだ。4種の雑穀をオリジナルブレンドした「幸せ《四合わせ》」、古代米をブレンドした「古代米 八穀ブレンド」が人気。そして、岩手県産黒豆・黒千石でつくる「八幡平きな粉」も。
羽沢さんは「きな粉は耳と目をフルに使った戦い」という。黒豆を昭和時代から使っている釜に入れ、広葉樹を主とした雑木の鋸くずと炭火でじっくりと炒る。炒っている最中はフタを開けることができないので、豆が立てる音と蒸気の色や量で仕上がりを判断する。
羽沢さんは「ちょっとした差でおいしさが変わるのは、焼き麩もきな粉も変わらない」という。常に食材に真正面から向き合う。それがおいしさの源かもしれない。
グルテンと小麦粉の割合が味と食感の決め手となる。 日々の焼き麩製造を記録したノート。
岩手県北地方は、米が育ちにくいことから、昔からヒエやアワ、キビ、ソバなどの雑穀、小麦が栽培され、生活に取り入れられていた。小麦は岩手県北地方の郷土料理「ひっつみ」に欠かせないもの。焼き麩の原材料としても使われ、羽沢耕悦商店では「南部地粉」を使用している。
羽沢耕悦商店
岩手県八幡平市清水140-6
TEL 0195-72-2353
HP https://www.hazawa-kouetu.com/